・・・・超能力について・・・・
書籍『神との対話』③第6章より 原題Conversations with God book3 by Neale Donaid Walsch
(Nはニールさん、Gは神、〈〉内はわたしの補足)
N:それでですね、わたしが知りたいのは、「超能力」とは何かってことなんです。
G:あなたがたはみんな「超能力」をもっている。じつは、誰でももっている、「第六感」なのだよ。超能力とは、限られた経験からもっとひろい視野に出ていく能力のことだ。そして、戻ってくる。限られた人間が感じると思うよりももっと多くのことを感じること、自分が知っているはずだと思うよりもっと多くのことを知ることだ。自分のまわりのもっと大きな真実から真実をくみあげる力、異なるエネルギーを感じる力だ。
N:その能力は、どうすれば増強できますか?
G:「増強」というのは良い言葉だ。その能力は筋肉のようなものだからね。誰でももっているが、とくに増強させようとする者もいるし、放ったらかしで使いものにならない者もいる。
超能力の「筋肉」を増強させるには、鍛えなければならない。使いなさい。毎日、使いなさい。
いまでも、筋肉はあるが小さい。弱い。活用されていない。だから直観はときどきしか「当たらない」し、あなたはそれに従って行動しようとしない。何かについて「勘」が働いても、無視する。夢をみたり、「インスピレーション」を感じても、注意しないで見過ごす。あなたがこの本の「直観」に注意をはらってよかった。そうでなければ、いま、この言葉を読むこともなかったのだからね。あなたはこの言葉がたまたま訪れたと思うのか?偶然だと?
「超能力」を増強する第一歩は、それをもっていることを知って、使うことだ。あらゆる勘、あらゆる感情、あらゆる予報に注意をはらいなさい。注意をはらうこと。それから〈注意をはらって得た情報から〉「知った」ことをもとに行動する。それについては、精神に口出しをさせてはいけない。不安だからと、遠ざけてはいけない。恐れげもなく直観どおりに行動すればするほど、直観が役に立つようになる。直観はつねにあるのに、あなたが注意をはらっていないだけだ。
N:でも、わたしが言うのは、いつでも駐車スペースを見つけられるといったたぐいの超能力じゃないんですよ。本物の超能力について聞きたいんです。未来をみる能力とか。他人についてわかるはずがないことがわかる能力とか。
G:わたしも、その話をしているよ。
N:そういう超能力は、どんなふうに働くんですか?超能力をもったひとの言うことは、聞いたほうがいいですか?超能力者が予言をしたら、わたしの未来は決まってしまうんでしょうか。それとも、自分で変えられますか?部屋に入ったとたんにこちらのことがわかってしまう超能力者というのは、どうしてあんなことができるんでしょう?もし……。
G:ちょっと待ちなさい。あなたは四つのちがう質問をしている。ひとつずつ、とりあげていこう。
超能力者には三つのルールがある。それを知れば、超能力がどんなふうに働くか、わかるだろう。
①思考はすべて、エネルギーである。
②ものごとはすべて、動いている。
③すべての時は、現在である。
超能力とは、この現象が引き起こす経験、つまり振動に自分を開いているひとだ〈振動を感じることができる人だ〉。ときには、心に画像が浮かぶ。ときには、思考が言葉になる。
超能力者は、このエネルギーをうまく感じとる。最初は簡単ではない。このエネルギーは非常に軽くて、移ろいやすく、かすかだから。髪がそよいだ気がする夏の夜の微風のようなものだ。遠くで聞こえた気がするが、定かでないかすかな音のようなものだ。目のすみにちらりを映ったと思うが、そちらを見ると消えている一瞬のイメージのようなものだ。ほんとうにあったのかな?超能力の初心者がつねにいだく疑問がそれだ。すぐれた超能力者は、決して疑問をいだかない。疑問をいだいたら、答えが消えてしまうから。疑問をいだくというのは精神の働きだが、超能力者は精神を働かせるのをとてもきらう。直観は精神には存在しない。超能力者になるには、精神から離れ、常軌を逸していなければならない。直観とは心に、魂にあるものだから。
直観とは魂の耳だ。
魂だけが、生命のほんのかすかな振動を「聞き分け」、エネルギーを「感じ」、波動の存在を意識して、それを解釈する繊細な道具(ツール)をもっている。あなたがたには五つではなく六つの感覚がある。嗅覚、味覚、触覚、視覚、聴覚……そして知覚だ。
「超能力」とは、こんなふうに働くのだよ――。何かを考えると、思考はエネルギーを放出する。思考はエネルギーなのだ。超能力者の魂は、そのエネルギーを感じとる。真の超能力者はそれを解釈せず、どんな感じなのかをそのまま口にする。だから、超能力者にはあなたの考えがわかるのだ。
あなたのいままでの感情のすべてが、魂のなかに残っている。魂は、感情の総和だ。貯蔵所だよ。貯蔵してから何年もたっていても、真の能力者は、その「感情」をおりおりに感じることができる。それは、「いま、すべてがある」からだ――。
N:時などというものはないから――。
G:だから、超能力者はあなたの「過去」について語れる。
「明日」もまた存在しない。すべてはたったいま起こっている。すべての出来事がエネルギーの波を放出し、宇宙の感光板に消えない映像を焼きつけている。超能力者は「明日」の映像を、いま起こっていることのように見たり、感じたりできる。ほんとうに、いま起こっているのだからね。だから、「未来」を語る超能力者もいるのだ。
物理的にはどう作用しているのか?たぶん、自分でも気づかずに、超能力者は激しい集中力によって自分超微粒子を放出しているのだろう。「思考」と言ってもいい。それが身体を離れ、はるか彼方まで飛んでいき、それから向きを変えて、遠くからまだ経験されていない「いま」を見る。
N:超微粒子の時間旅行ですか!超微粒子の時間旅行か!
G:そう言うこともできるね……。どうやらSFチックなコメディになったらしいな。
N:いやいやそんなことはないです。まじめ聞きますよ……約束します。どうか続けてください。
G:よろしい。超能力者の微粒子は、集中することによって得られたイメージのエネルギーを吸収し、身体にもち帰る。超能力者は「その映像を獲得する」――ときには身ぶるいしつつ。あるいは「感情を感じとり」、できるだけデータを処理せずに、単純に、即座に、それを表現しようとする。超能力者は、自分が「考えた」ことや、「見た」こと、「感じた」ことに疑問をいだかず、できるだけ手をふれずに、ただそのまま「通過」させる。何週間かして、見たり「感じ」たりした出来事がほんとうに起こったら、超能力者は未来が見えると言われる。たしかに、そのとおりなのだ!
N:そうだとしたら予言があたらない場合はどうなのですか。実現しなかった、という場合は?
G:超能力者は「未来を予言」しているのではなく、ただ、「永遠のいま」のなか垣間みた「可能性」のひとつを話しているにすぎないからだよ。何を見るかは、リーディングをする超能力者が選択する。彼〈相談した人〉は簡単にべつの選択をするかもしれない。予言と矛盾する選択をね。
「永遠の時」には「可能性」のすべてがある。すべては何百万ものちがった方法ですでに起こっている。あとは見方を選択するだけだ。要するに見方の問題なのだよ。見方を変えると、思考が変わり、思考が現実を創造する。どんな結果を期待しても、すべてはすでに存在している。あなたはどう見るか、どう知るかを決めるだけだ。じっさい、あなたが祈る前に、祈りは「かなえ」られているのだよ。
N:それでは、祈っても、すべてがかなうわけではないのはどうしてですか?
G:そのことは一冊目の対話で話したね。求めるものをつねに得られるとは限られないが、自分が創造するものはつねに得られる。創造は思考に従い、思考は見方に従う。